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 五箇山の古代史に平家の落人説は、特記されるべき項目であります。史実として明らかにすることは出来ないこと、伝承の根源についても不明であるけれども人々は、屋島壇ノ浦の戦いに敗れた平家一問が逃れて来たと伝えている。

 寿永二年(一一八三)五月十一日の昼から夜にかけて、越中と加賀との国境、砺波山(くりから山)において起こった源義仲と平維盛・両軍の戦い、すなわち源平の合戦敗北後の落ち行く先をおのずから、所領敵地の縁に求め、五箇山に遁入、土着したと伝えられる。住み着いた平氏の末裔は、すべてが砺波山合戦の落武者とも言い切れない。史実に看ると平家全盛期から砺波山合戦前までは、北陸道諸地域、ならびに東海・東山領域は平氏とその縁類による知行国支配を受けていた。歴史上、平家全盛のころ、その一族郎党の所領と支配勢力は、全国三十か所に広がり、平家方の武士が各地に土着していた。

飛騨守として次の名が記されている。
九安年中 (一一四五~五二)   平 時景
保元のころ(一一五六~五九)   平 影則
安元~治承(一一七五~八一)半官 平 景家
寿永二年 (一一八三) 大夫半官 平 景高

 飛騨を源流に流れる庄川沿いに沿って、人の往来と物の交換が多少は行われ、隔絶していたとは思わない。
このことから平氏の滅亡後、飛騨にいた平家一族の一部が世をはばかって五箇山中に入り込み世を忍んだことも考えられる。
越中における平家一族による支配についても、平安末期に国司として次のように見出される。

年代不詳       国司   平 経盛
久安三年(一一四七) 越中小椽 平 維基
平治元年(一一五九) 越中守  平 教盛
           越中守
安元元年(一一七五)      平 盛俊
           越中前司
治承四年(一一八〇) 越中守  平 業家
寿永二年(一一八三) 越中守  平 親長

これらの人々の王子の因縁を頼って、落武者の中には五箇山へ隠遁土着したものもあったと思われる。

文献としては、金沢の俳人、鳥翠台北茎の著書『北国奇談巡杖記』(文化ころ刊行)には、『平家の類葉落居して村民となり、今に子孫あまたある事にて官名をなのる。(後略)

民俗学上、「貴種流離譚」として全国各地に類例が多い、五箇山も平家谷を代表する「落人のかくれ里」として伝えられている。



八百余年のその昔 京師に栄華全盛を極めていた平家は、木曽武者のため、計らずもその勢力を失い、続いて、頼朝兄弟の為、長門の壇ノ浦に儚き最期を遂げたのであります。

かくて源氏の追跡にいたく恐怖し、平家の一門は末路の悲哀に胸を掻き乱しつつ雲を霞とのがれ、水草を追うて、遠く人里離れた、飛騨の境・越中国庄川の上流に位置する五箇山の山中に辿り、弓矢持つ手に鍬鎌を取り、麦を蒔き、菜種を植え、麻を作り、人目を避けて安住の地と定めました。その末裔こそわが平村の起源で、このこと今に老小口耳となって、伝わっているのであります。  さきに平家にあらざれば、人に非ずと権勢を恣にしたが、今や槿花一朝の夢と化し、ひたすら往時を回顧しては、今昔の境遇に対して人知れず悲哀の感を抱いていたのであります。

 この絶望的な生活の中から、在りし日の歓楽を追う様、その境遇を、水清き庄川の瀬音に和して口ずさみ、唄い出されたのが、麦屋節の歌と踊の濫觴であります。数ある落人の中で、最もこの舞を能くしたのは、平紋弥でありました。故に当時は、「もんや節」といっておりました。後には、麦を刈る時に歌ったので自ら麦屋節と変じ、紋付、袴、白たすき、刀をたばさみ笠を持って古武士的哀調とその由来を物語るように格調のなかに勇壮な舞となったのであります。踊りはテンポが速くそのリズムは落日を引きもどそうとするような強い反発があり、厳しい自然の威圧のなかにあけくれする生活に、潤いと明日の活動に明るい希望の余韻を与えてくれるのであります。

  麦や菜種は二年で刈るに
      麻が刈られうか半土用に

 麦や菜種は秋に種をまいて翌年に刈り取る。麻は雪どけを待って種を蒔き、土用の半分(七月の終わりころ)に刈り取る。
まだ青いものを刈りとるのはしのびない。つまり麦や菜種は二年の命があるけれど、これに比べてまだ青いものを刈り取る麻の命の短さに、平家の悲運を重ねあわせて感傷している。


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